【経済思想史概説】古典派経済学リカードウとマルサスの論戦【7】

経済思想史概説

この記事で分かること

  • リカードウとマルサスの経済思想
  • 二人はどこで対立していたのか
  • リカードウの『経済学および課税の原理』とは何か
  • マルサスの『人口論』『経済学原理』とは何か
  • リカードウの「差額地代論」とは何か

シリーズ経済思想概説では、経済思想に関する大学レベルの知識を体系的に解説していきます。最新記事の更新情報は、拙Twitterアカウント(@SubCulKusoOtoko)をご覧ください。

生い立ちと時代背景

ユダヤ系の裕福な家庭に育ったリカードウは、アムステルダムの商業学校を卒業すると、金融業、証券仲買人を営む父と同様に金融の世界へと踏み入れた。結婚相手がクエイカー教徒であったのをきっかけに、父とは断絶するが、その後も証券仲買人として成功を続ける。1819年に実業界を引退してからは、広大なギャトコム・パーク(アン王女の私邸)を購入し、余暇を数学、地質学、鉱物学をはじめとする自然科学の独学にあてた。彼を経済学へと惹きつけたの、温泉地バースで偶然手にしたアダム・スミスの『国富論』であると言われている。

ナポレオンの退位まで続いた英国の対仏戦争は、イギリス経済を混乱に陥れた。1797年、イングランド銀行は対仏戦争で金保有残高が減少し、銀行券と金との兌換を停止するが、膨大な不換紙幣の供給によって、国内ではインフレーションが続発する。1809年からはインフレに加えて、金価格の高騰とポンド相場の下落といったさらなる混乱が生じ、こうした背景からリカードは1809年、『モーニング・クロニクル』新聞へ「金の価格」を匿名投稿し、「地金論争」へと切り込む。

Wikipedeiaより引用、リカードウ

戦後になるとそれまで高騰していた穀物価格が一転して暴落し、地主階級は国外から安価な穀物が流入するのを防ぎ、国内の価格を維持しようと試みた。自由競争を求めて法の撤廃を訴えるリカードと、地主階級の利益を擁護するマルサスは「穀物法論争」を展開する。彼らの論戦の過程で、リカードウの主著『経済学および課税の原理』およびマルサスの主著『経済学原理』は生み出される。

マルサスは裕福な地方地主の家庭に生を受け、ヒュームやルソーなど、当時の革新的な知識人との交友がある父をもつ。18歳でケンブリッジのジーザス・カレッジへと入学し、卒業後の1789年に国教会の牧師に、1793年にケンブリッジの非居住フェローとなった。1805年、イギリスで初めて経済学教授になる。

「地金論争」ではリカードウと同様に、兌換の制約を無視した膨大な貨幣発行に反対する立場(地金派)をとるが、続く「穀物法論争」で彼らは対立する。地主階級を擁護するマルサスと産業資本家を擁護するリカードウは、口頭と書簡を通じて多くの論点で対立したが、それと同時に良い親友でもあった。リカードが最晩年、マルサスに宛てて書かれた手紙には次のように書かれていたという。「あなたが私の説に賛成してくれても、それであなたを今以上に好きになることはありませんでした」(松原2016)。

Wikipediaより引用、マルサス

マルサス『人口論』

マルサスの『人口論』はルソーの思想を受け継いだW・ゴドウィン、コンドルセへの反論であった。ゴドウィンは『政治的正義に関する探究』(1793)において、下層階級の貧困は財産の私的所有が原因なのであり、これが廃止されるならば、人類の理性によって平等社会を築きうると主張する。マルサスはこれに反して、人口と農産物などの食料のそれぞれ異なった増加の仕方に貧困の原因を求める。すなわち、人口は等比数列的に増加するが、食料は等差数列的にしか増加しない点に、貧困の原因があると主張した。

人口:1、2、4、8・・・(等比数列的)

食料:1、2、3、4・・・(等差数列的)

農産物は耕地を大規模に増やさない限り増産されないが、人間の生殖衝動は、子を育てるのに要する食料の有無にかかわらず、子を産ませる。したがって貧困は必然的にやってくる、神が我々に与えた試練であるとマルサスはみなした。私的所有の廃止はむしろ、無責任な人口増加を引き起こすというこうした反論は、フランス革命を主導したジャコバン派が恐怖政治へと転化した当時、敵対するイギリスでは多くの支持者を獲得した。

リカードウ『経済学および課税の原理』とマルサス『経済学原理』

二つの『原理』がリカードウとマルサスによって書かれるより前、経済学において重要な功績を残したのはアダム・スミスである。スミスの『国富論』が、富とは何か、それはいかにして増大されるかが関心事としていた。しかし、スミスの認識――資本主義のもとで発展する分業は、人々を退廃的にするマイナス面もあるとはいえ、未開社会の富者よりも市民社会の下層階級の方が豊かな生活を送っているのだから、それ自体の有効性は否定できない――は現実に妥当しないようになる。地主階級と資本家階級間の対立は熾烈を極め、労働者階級の貧困も看過できない。そのような現状に最早応えられなくなった『国富論』に変わってなされる、新たなる現状分析の試みが、リカードウとマルサスが著した『原理』の立ち位置といえよう。より具体的にいえば、地主階級、資本家階級、労働者階級の対立がはっきりとしたのに対応して、スミスの設定した課題から、地代、利潤、賃金の形式をとる富が三階級にいかに分配されるべきかへとシフトした。

価値論

二つの『原理』は富の分配の問題に取りかかるにあたって、価値とは何か、その尺度とは何かの解明を試みる。リカードウは議論の対象とすべき富から、希少性がその価値と大いに関わる骨董品、芸術品、限られた地域のみで生産可能な特産品を除外し、「人間の勤労の発揮によってその量を増加することができ、またその生産には競争が無制限に作用しているような商品」へと限定した。

これらの限定された富(=商品)は、「その生産に投下された労働量」に基づいて決定される交換価値によって、その大小が測られるようになる。すなわち、リカードはスミスの労働価値説によって価値の大小を測ろうとした。

しかし、スミスは分業が発展した文明社会において、単純な労働価値説に代わって支配労働価値説がとられるべきだと主張するが、この点をリカードウは批判する。支配労働価値説では、商品の価値を、その商品を生産するのに必要であった労働者の生活必需品、その合計であるとみなすが、生活必需品に含まれる投下労働量は労働生産性のいかんによって変動してしまう。ここに支配労働量と投下労働量のどちらを基準にするかでズレが生じてしまう。この点を克服するために、リカードウは投下労働価値説が価値尺度として適当であるとする。投下労働量を価値尺度とする場合、投下労働量が増加するにしたがって商品価格も増加(比例)し、他方で労働生産性が向上すると商品価格は減少(反比例)し、これは競争市場における価値決定を的確に表現している。

一方でマルサスは、富を「人類に必要で、有用な、または心よい物質物」と定義する。つまり、そこには生産と消費の場が一致し、生産されて即時消費されるサービス商品、たとえば教育や給仕、オペラは含まれていない。

マルサスによるとこれらの商品価格は、需要と供給によって決定されるという。リカードウの商品価格が労働生産性によって決定されるという見解とは全く異なっている。では、この商品価格はどのような尺度で測られるであろうか。貴金属がこれらの役を担う可能性をマルサスは斥ける。不変であることが要件となる価値の尺度に、国が違えば、あるいは時期が違えば全く異なる価値量を示す貨幣は相応しくないからである。マルサスは、「ほんとうの富または生活のもっとも本質的な財貨を支配する能力の増減」が価値の尺度に適当であると主張する。それはつまるところの、リカードウが批判したスミスの支配労働価値説である。無論、マルサスは支配労働(=賃金)が需給関係の影響を受け、厳密な正確性を保証し得ない点を鑑み、「おそらくもっとも大きな正確度」をもつ尺度として「穀物および労働(賃金)の中間の値(mean)」を採用する。

地代論

彼らの対立は「穀物法論争」では熾烈さを増した。産業資本家を擁護する立場から不要な法の撤廃を訴えたリカードウと、地主階級を擁護する立場から安価な穀物の流入に反対したマルサスは、地代の性質と原因を論点として争う。

農産物だけが賃金と利潤をあわせた生産費を超える高価値を生み出すのかについて、マルサスは

  • 農産物生産は投下された農産物よりも多くの農産物をもたらすという天の恵み
  • 農産物の供給は需要(人口)そのものを創出するという生活必需品に特有な性質
  • 肥沃な土地の希少性

の3点を答えとして挙げる。(1)(2)から、原初の社会では肥沃な土地が十分にあったため高い利潤と賃金が分配されていたと想定する。

しかし、社会の発展が肥沃地ではない土地までを耕作する必要を要請する。同時に資本蓄積の進展が利潤の低下へと、人口の増大が賃金の下落へと招来し、したがって農産物の生産費もまた下がる。低下した生産費を差し引いた部分が肥沃地の地主へと手渡される地代の原因であると、マルサスは主張した。

天の恵みの潤沢さが地代の原因とみなすマルサスに反して、リカードウは無制限に利用可能な空気や水、蒸気とは違って、肥沃な土地の希少性が地代の原因であると主張した。その希少性をリカードウは収穫逓減法則として定式化する。

  • 収穫逓減法則:拡大の限界

第一等地のみが耕作される場合は、地代は発生しない。次第に耕作地が拡大し、肥沃さにおいて第一等地に劣る第二等地まで耕作される必要が生じた際、生産性の高い第一等地は追加の投資を行ってでも耕す理由ができる。この追加の投資にあたる部分こそが、第一等地の地主に支払われる地代である。同様に第三等地まで耕されると、第一等地のみならず第二等地にも地代が発生する。

  • 収穫逓減法則:集約の限界

第一等地を耕作する資本家が、100単位の穀物を生産し、そのうち20単位を地代として地主に支払っているとしよう。ここでさらに追加で労働力を投入し、2倍の労働力で第一等地を耕作すると、85単位が増産され、合計185単位が生産される。第二等地では元々80単位の穀物が生産されていた場合、第二等地を耕作する資本家は第一等地の地主に対して余分に5単位以下の地代を支払って第一等地の利用権を交渉するだろう。この場合でも、地代の発生が観測される。

これらの収穫量が潤沢な土地が一部に限定されている希少性が地代の原因であるとみなすリカードウの反論を差額地代論と呼ぶ。農業生産が成熟するにつれて生産性の必然的な低下を示唆する差額地代論から、穀物は肥沃な土地が広大な海外から輸入するのが最善であり、その輸入を制限する穀物法は世界経済の成長を阻害するという結論が導き出される。

賃金論

リカードウはマルサスの『人口論』からの影響を受けて、独自の賃金論を展開した。これを「賃金生存費説」という。

それによれば、労働力商品の価格がそれを元通りに再生産するためにかかる費用と一致するとした。労働者は一日労働に従事した後、疲労を回復し、空腹を満たし、睡眠をとり、また次の日に変わらない状態で仕事場に行かなければならない。また命が尽きるまでの間に、次の世代の労働を担う子どもを産み育てなければならない。そのためにかかる費用こそが、賃金の正体であるとしたのが、賃金生存費説である。

賃金生存費説に従えば、生活必需品の価格が高騰すれば賃金も高められるということになるが、だからといって労働者の幸福度が向上しないのは自明である。労働者の幸福度を増すには、急速な資本蓄積から相対的に労働力が希少になり、賃金が上昇するような場合に限られているから、そのような状況になるように仕向けるのが好ましいと結論づける。

だが、賃金を決定するのは労働に対する需要と、労働者の生活習慣であるとマルサスは反論する。農産物価値が下降しても、反対に下落しても、賃金がそのまま変わらない状況が観察される。それは、労働者が消費するのは生活必需品だけではないからである。労働者が貧しい環境でも子を産み育てる生活習慣を持っていれば人口は過剰になるが、そうではなく計画的に生活を設計し、十分な貯蓄を作りながら娯楽にも消費するならば、人口は抑制され、幸福度の向上が達成されるだろうと見込んでいる。リカードウが賃金を決定するのは生活必需品(農産物)の価格であるとし、マルサスが労働者の生活習慣が賃金を決定するとしたのが両者の賃金論をめぐる対立である。

利潤論

リカードウは商品の全価値は、資本家が取得する利潤と労働者に渡される賃金に分割されるという。そのうち賃金は、労働者を再生産するための費用となるので、穀物価格が高いまま維持されれば労働者に高い賃金を支払わねばならず、したがって資本家が取得する利潤は下落する。だから、資本家の利潤を低下させる穀物法による価格の保護はするべきではないと主張したのだった。

マルサスも賃金生存費説の骨格は認めている。だが、労働力の再生産費用は、

  • 農産物の生産の難易
  • 資本と人口との比例関係

からの影響を受けると指摘する。(1)にしたがえば、リカードウの言うように肥沃地が減少するにつれて利潤率は低下するが、(2)ではたとえば、資本蓄積よりも人口増加が上回れば、労働者の賃金は下落し資本家は利潤をより多く獲得するだろう。つまり、利潤率はあらかじめ固定された生産物価値によって決まるのではなく、需給関係によって変動する生産物価値からの影響も受けるのであり、リカードウの警告は必ずしも妥当しないとマルサスは述べる。

国富増大と資本蓄積をめぐって

リカードウは資本蓄積がたどる過程には2つの型があるという。第一の型は、人口の増大が肥沃ではない土地まで耕作を拡大しなければならず、したがって穀物など生活必需品の価格から決定される労働者に支払う賃金の増大が、資本家が取得する利潤を低下させる場合である。利潤の低下は資本蓄積をも低下させる。

第二の型は、第一の型で生じたような利潤率の低下を、機械の発明による生産力の劇的な向上によって、もしくは穀物価格が低いまま維持されることによって阻止する場合である。このとき資本蓄積は高いまま維持される。

やがてはイギリスも必然的に第一の型へと移行すると述べるが、穀物法の廃止と自由貿易の奨励によってこれをできるだけ遅らせることを説いた。その論理を補強するために用いられたのが「比較生産費説」である。

生産力の拡大と維持が資本蓄積を助け、ひいては国富増大をもたらすと考えたスミスやリカードウのこの立場とは異なって、なぜ生産力が変わらない場合でも富の蓄積がうまくいかないのかを考えたのがマルサスである。彼はその問いに、生産力が向上するだけではなく十分な有効需要が確保され、それによって商品の価格が高められることであると答えた。リカードウが商品の価値は低いままに維持されるべきだとする見解とは齟齬がある。そして、その商品価格(交換価値)の増大を可能にするものが、消費の意欲を持つ人々への最適な分配である。

このような交換価値の増大に寄与する条件をマルサスは3つ挙げている。

  • 土地財産の分割
  • 内国商業および外国貿易
  • 不生産的消費者の維持

(1)は大土地所有の解体によって中小土地所有者の増加を目指し、(2)は商品の持ち手を変換し、生産物を最適な消費者へと届けるために、(3)は購買の意思と能力を兼ね備える階級、たとえば、地主、金利生活者、政治家、兵士、医者、召使などが不可欠であると示すものである。

参考文献

千賀重義(2012)「D・リカードウとT・Rマルサス――スミス批判の二類型、生産の経済学と需要の経済学」大田一廣、鈴木信雄、高哲夫、八木紀一郎編『経済思想史』新版、pp.79-97、名古屋大学出版会。

松原隆一郎(2016)「第3章古典派の展開――リカードとマルサス」『経済思想史入門』pp.61-76、ちくま学芸文庫。

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