【経済思想史概説】デヴィッド・ヒュームの経済思想、政治論集を解説【5】

経済思想史概説

この記事で分かること

  • ヒュームの生い立ち
  • 『政治論集』にみるヒュームの経済思想はどのようなものか
  • ヒュームの社会科学方法論とは何か

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生涯と著作

Wikipedia「デヴィッド・ヒューム」より引用

スコットランドに生まれ、12歳のときエディンバラ大学に入学する。当時オックスフォードやケンブリッジに比して、スコットランドの諸大学は進歩的であり、このような環境でヒュームは学ぶ。卒業後は、法曹として自立する周囲からの期待に反して、哲学や文学の古典を渉猟し、『人間本性論』執筆の土壌をつくった。

『人間本性論』は、ヒュームによって洗練化された経験主義哲学を土台として、近代的な人文社会科学における基礎の確立を試みるものである。後世には最大の功績とも称えられるが、出版当初の反響はないに等しかった。

1741年、その反省を活かして『道徳・政治論集』が執筆される。その後は『人間本性論』に見られる彼の懐疑主義的な思想から、エディンバラ大学の教職に就くことが叶わず、文筆家として名をあげる機会を待つ生活が続いた。

彼の生涯で大きな転換点となったのは、従軍秘書官としてヨーロッパ諸国を観察したときであった。モンテスキューの『法の精神』が1748年に出版されたことも彼を刺激し、帰国後は1751年に『道徳原理研究』、1752年『政治論集』を相次いで出版し、文筆家、そして思想家として社会に広く認められる。その後は、スミスと並ぶスコットランド啓蒙の代表的論者として、『イングランド史』(全6巻、1754〜61年)を出版するなど多大な功績を残した。経済学における彼の貢献は主に『政治論集』に現れている。

「古代諸国民の富について」『政治論集』

ヒュームが経済学へと踏み入れるきっかけとなったのは、古代と近代の人口比較であった。当時の通説は、近代に比べて古代は圧倒的に人口が多かったというものである。モンテスキューは『ペルシャ人の手紙』(1721年)のなかで、カエサル時代の50分の1へと減少したとさえ述べている。この著しい人口減少の根拠とされていたのは、ローマ共和制の平等な小土地所有制であった。

ヴォッシウスやモンテスキューらの見解にヒュームは反対する。確かに平等な小土地所有制は人口増加に貢献したであろうが、それをはるかに上回る人口減少の圧力をかけた要素として奴隷制度、商工業の欠如を挙げる。

古代都市共和国では、奴隷の出産と養育を認めてしまえばその所有者は多大な経費を支払う必要がある。ロンドンの牛が都市ではなく物価の安い地方で飼われている状況を想定すれば、自分の利害関心から奴隷数の増加に努めるという通説が誤りであることは自明であった。ゆえに、奴隷制度が人間性の蹂躙であるに加えて、経済的合理性からいっても人口破壊的であるとする。古代社会の財産の平等は、奴隷所有者であった市民間で平等であったに過ぎない。したがって、奴隷が多数を占めた古代社会で、財産の平等は社会全体の人口増大と幸福には何ら貢献しなかったと結論づける。

商工業の欠如もまた、農業中心であった古代社会の人口を抑制した。古代のギリシャや初期ローマの諸都市の商業的繁栄は、商工業の分業に基づく繁栄の近代とは異なって、風土の多様性に由来する特産物の交換が基底にある。そして農本社会は必然的に農業生産力の停滞、ひいては社会全体の人口を頭打ちにさせる。

農工分業をヒュームはどう見たか

古代社会で人口を抑制する原因となった農業の停滞を克服するためには、農業の内部から独立の産業として、人々の欲求を刺激する奢侈的な製造業が自生する必要があるという。農業以外の産業が自生すれば、農業生産物を消費するための市場を用意するだけでなく、農業従事者もまた彼自身を喜ばせる生産物を受け取る。この方法が、古代社会の諸限界を克服した。

R・ウォーレスは『古代と近代における人口』(1753年)で、近代の農業軽視と商工業の繁栄が近代の人口を減少させていると主張した。農本主義にしたがえば農業こそが経済の基盤であったものの、18世紀ブリテンでは、農民保有地の収奪的な囲い込みが生んだ大量の浮浪者が社会の荒廃をもたらしている。こうした背景からウォーレスは、その対策として独立自営農民ヨーマンの保護による土地財産の平等化と、奢侈的商工業の抑制を求めた。

これに対してヒュームは、欺瞞に満ちた古代社会の平等をあばくとともに、農業からの商工業の独立は農業生産者の欲求を開花させ、なおかつ科学技術の応用が農業生産力を飛躍的に向上させたと反論する。これは結局のところ、社会の豊かさを古代社会とは比較にならないほど押しあげると考えた。

文明社会における奢侈をヒュームはどう見たか

農業は生存のために必要な自然の欲求に基づいているのに対して、奢侈的な製造業は生存とは切り離された快楽を提供するという点で、より人為的である。人間の欲求は無限に高められるから、古代社会の農業の必然的な停滞とは異なり、製造業は無限に発展する可能性を秘めている。製造業の発展と、次いで発生する商業の発展は、社会全体の欲求を自然的なものから人為的なものへと変えてしまう。

ヒュームはこの欲求についての近代化を肯定的に受け入れた。ルソーが『人間不平等起源論』(1755年)のなかで、人々が奢侈品を手に入れたいがために労働するようになるのは、私有財産と商品経済にともなう人類の堕落であるみなした。だがヒュームにとっては、奢侈品を手に入れたいと望むのは文明社会においては嘘偽りのない欲求にほかならず、それが別の道徳を損なわない限り、問題とはならない。利己主義的な快楽の追求がある反面、製造業の発達が生産者大衆の知性を洗練し、社交性と道徳性を発展させる一面を見出したのであり、文明社会の奢侈を肯定的に捉えていた

貨幣の理論

自然的な欲求から人為的な欲求へと変質した。この人為的な欲求は、高級な衣類や煙草を手に入れたいという具体的な欲求から成っているが、人々はそれらを可能にする貨幣を入手するために労働する。したがって、貨幣とは何かという問題も解き明かす必要があった。

ヒュームの貨幣観は、単純明快に経済活動を媒介する道具というものであった。貨幣それ自体を富とみなした重商主義とは異なり、貨幣によって交換される必需品、便益品、奢侈品といった商品、またはそれらを生産する人間の労働を富とみなす立場である。この立場からいえば、ある国民がどれほどの貨幣を持っていようとも、それが商品や労働が交換されない限りそれはその国民の物質的豊かさとは関係がない。重商主義政策では、貿易差額によって大量の貨幣を蓄積しようとするが、これは「貨幣の流出に対する理由のない恐怖」や「貨幣に対する法外な蓄積欲」に突き動かされた根拠のない衝動であった。

さらにヒュームの貨幣数量説は、重商主義政策が長期的には無意味だと示す。貿易差額による国内貨幣量の増加は、次の一連の帰結をもたらす。

貨幣量の増大 → 物価上昇 → 輸出品の価格が上がり、輸出量が減る → 貿易赤字で貨幣の流出 → 物価は下落 → 輸出が容易になる

つまり、一時的に貨幣量が増えたとしてもそれは物価の上昇と輸出停滞をもたらし、貨幣の流出によって、その国で生産される商品の総量に対応した「自然的水準」に戻ってしまう。これは「正貨配分の自動調節理論」と呼ばれる。このような理論的背景から、基本的に国家の貨幣量調節への介入はされるべきではないと結論づけ、それが許されるのは製造業と人口への影響が懸念される場合に限るとする。

『人間本性論』とヒューム経済思想

ヒューム経済学の特徴は、『人間本性論』において提示された「人間学」体系の一部分を占め、したがって「人間学」の方法にしたがって考察されている点にある。ヒュームの洗練化した経験主義は、自然状態およびそこにける社会契約という概念を基礎とする大陸合理論とは異なり、経験や慣習を重要視するものであり、ゆえに人間学の方法でも、人々が社会生活のなかで取り結ぶ諸関係を制度や機構という客観的な側面から捉えようと試みる。それは客観的観察を試みるという点で、物理学や天文学をはじめとする自然科学と共通していた。しかし自然科学の実験とは異なって、現実社会から実験とは無関係な要素を捨象し、現象を簡明化することはできないという点で困難を伴ってもいた。

この困難を克服するために、「事物の一般的なりゆき」に即した慎重な洞察をという方法をとる。経験的事実の大量観察から、さまざまな要素の絡まり合う現実から例外的で重要ではない事象と、あらゆる状況に貫通する普遍的かつ規則的な事象を判別し、そこから因果法則性を導き出す。

ウォーレスとの人口論争はまさにこの方法が適用されている。近代の農民保有地の暴力的な囲い込みは下層階級に悲惨な貧困をもたらすものであっただけに、知識階級はこれに対して反近代化と古代讃美を訴えた。だがヒュームにとってこれは部分に捉えられているに過ぎず、明らかにされるべき「事物の一般的なりゆき」を見落としてしまっているという。ここでいう「事物の一般的なりゆき」とは、農業の資本主義化であった。細部にとらわれ、没理論的でイデオロギー的な当時の通説を批判し、近代文明が豊かさを手に入れつつある事実を、理論を通じて冷静に認識しようとした。社会科学の認識についての鋭い思索的検討が可能にした首尾一貫の方法論がヒューム経済学から見てとれる。

参考文献

坂本達哉(2012)「1-1デヴィッド・ヒューム――近代文明社会の哲学的・社会科学的基礎づけ」大田一廣、鈴木信雄、高哲夫、八木紀一郎編『経済思想史』新版、pp.10-23、名古屋大学出版会。

松原隆一郎(2016)『経済思想史入門』ちくま学芸文庫。

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