この記事では、マルクスの『資本論』に登場する「二重の意味で自由な労働者」とはどのような内容を示しているのかを解説します。
「二重の意味で自由な労働者」の意味
「二重の意味で自由な労働者」は、カール・マルクス著す『資本論』第1巻の「本源的蓄積論」のなかで登場する言葉です。「本源的蓄積」の詳細については別稿をご覧ください。
『資本論』の本源的蓄積とは何か、ハーヴェイ・斎藤幸平による新しい解釈【概説マルクス用語】
本源的蓄積論とは、巨大な資本が原初的にはどのようにして蓄積されたのか、この過程を論じた部分になります。
「囲い込み」によって農民たちは自分達が農業を営んでいた土地から追い出されてしまいます。仕事と住む場所を失った元農民、今では浮浪者となった彼らは、生きる術を求めて都市へと向かいます。
都市では仕事を見つけられました。しかしこれまで通りとはいきません。そこは自分の土地ではありませんし、生産手段も資本家から使わせてもらっているに過ぎません。つまり、彼らは「賃労働者」になったのです。ここで「賃労働者」となった彼らは、「二重の意味で自由な労働者」とも言われます。
さて、二重の意味で自由とは何なのでしょうか。
一つ目の自由は、自分の労働力を自分の意思にしたがって自由に処分できるという点での自由です。資本主義社会の前の時代である封建社会では、領主との主従関係に拘束されており、自分の労働力をどのように使うかは、領主の意思に従う必要がありました。つまり、農民は人格ごと領主によって所有されていたのです。
そして二つ目の自由は、土地を含むあらゆる生産手段を持たないという意味での自由です。土地を持たないということは、土地に拘束されていない、自由に動き回れるということを意味します。封建社会では、農民たちは自分達の土地を所有し、なおかつ土地を持っていたからこそ生活の糧を生産することができていたので、そこから離れるわけにはいきません。その一方で、生産手段を所有しないようになるということは、自由に職業が選択できるということを意味していました。
そして何より重要なのは、この「二重の意味で自由な労働者」の創出こそが、労働力商品が存在するための条件であり、ひいては資本主義が成立する条件でもありました。それによって、綿製品、食料、土地などの商品と同じように、労働力という商品も市場で売買されるようになります。こうして幕を開けた資本主義社会では、労働者は搾取の対象となり、自由とは無縁の生活を強いられるようになります。資本主義の核心である「人間疎外」が始まるのです。
参考文献
山田良治(2018)『知識労働と余暇活動』日本経済評論社.
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